消費券と台湾

2009/02/09 16:45

 

 日本ではもうずいぶん前に国会の議論に上がってきていた消費券だが、いまだに実現のめどは立っていないようですね。決断が遅いところは日本の悪いところだと思います。台湾では11月に消費券の議論が始まり、決定、発行は旧正月の1月末と、実に速いスピードで実現しました。

 いわゆる「お金に汚い」というイメージがなく、蓄銭することが美徳である台湾では、日本のように「さもしい」とか言う議論も起こるわけもなく。すべての人が券を受け取れました。驚くべきは、台湾在住の外国人にも配られたことです。日本ではどうするんでしょうね。消費を活性化させるという意味では、外国人にも券を配るのは論を外れていないわけですが、日本で同じことをやったなら、右の人がかんかんに怒るのではないでしょうか。そういう意味では、お金持ちであろうが、外国人であろうが、国内にいる人のすべてに券を配ってもいいのではないでしょうか。

 台湾の消費券、私も受け取ったわけですが、偽造されないように立派に印刷されていました。この為だけに作られたとしたら、ずいぶんと高いコストがかかっていることと思います。受け取る際には、割当られた小学校の体育館のようなところに行き、はんこと署名をする必要があります。そのための人件費もずいぶんかかったことと思いました。しかし、ケインズ式に言えば、これもいわゆる雇用創出効果になったのではないかと思います。

 台湾企業では、基本的に旧暦の大晦日前にまとめてボーナスが出ます。しかし、今年の企業の業績は悪かったため、また、会社では業績主義の傾向が強いために、台湾人の受け取るボーナスは大幅に減少しました。そこでの消費券の発行は実に効果的であったと思います。わずか1万円ですが、そのために人が出向き、買い物をし、波及効果が生じるので、その効果は大きくなります。現金ではないので、確実に消費されるところもミソです。貯蓄係数が小さいほど、波及効果は大きくなりますので。

 さて、台湾での消費券。思わぬオチも付いていました。消費券の受取所は、どこでもに警官と軍人が配置され、厳戒態勢だったわけですが、そこにのこのこと現れた指名手配犯がかなりの数、逮捕されたようです。

 

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渡りとか。

2009/02/05 16:44

 

 高級官僚の「渡り」の廃止が問題になっています。人事院の「抵抗勢力」まで現れ、麻生さんとしては、してやったりの結果でしょう。小さなことを槍玉に挙げて、大きなことから眼をそらせる手法はなかなか立派なものです。例の「漢字が読めないとか何たら」も、実に小さなことです。景気の話はどうなったのでしょう。

 

 「渡り」の何が悪いのかと世論を見てみれば、やはり退職金で天下り官僚が何度も莫大な利益を得ているというところが悪いということなんでしょう。では、天下り先はどうしてそんな官僚に金を渡すのでしょう。「悪い官僚」に脅されているのでしょうか。違いますよね。天下り先もいろいろありますが、利益を追求している「企業」です。ですから、高級官僚が天下ってきて、彼らに利を与えることが、企業にとっての利益になるわけです。つまり、政府発の業務委託や助成金なんかを手に入れやすくなるわけなんですね。

 「渡り」とは、官僚が政府のお金行く先を左右しているシステムが産み出した副産物に過ぎないわけです。ですから、これを廃止や禁止したところで、本質的には何も変わりません。かえって裏にもぐって不適切な関係が続けられることでしょう。

 

 ともあれ、「渡り」はわずかな数の高級官僚の無駄遣いという小さなことに過ぎません。こんなちいさな無駄遣いをつぶしたところで、国の根本的な財政体質にほとんど意味はありません。こんなことは、国会で討論するべきことではないでしょう。大きな問題:景気の問題、年金の問題。いよいよ悪化しています。これを棚に上げて、小さなことで盛り上がっている現在の状態を冷静な眼で見ていくべきだと思います。

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過ぎ去りしブッシュ時代

2009/01/22 17:05

 

 アメリカの大統領が、黒人初のオバマに変わり、新しい時代が幕を開けようとしています。奇しくも、1932年の大恐慌の時、フーバーからルーズベルトに代わったように、共和党から民主党に政権が移行したことになります。

 未曾有(みぞうゆう?(笑))の経済危機の中で、政権を担うことになるオバマには大変な試練だと思いますが、期待を裏切ることなく、邁進してほしいものです。

 さて、新しい時代を迎える前に、古い時代、つまり、ジョージWブッシュの時代に何があったのか、おさらいして、先に進みたいものです。

 2001年、ジョージWブッシュは、大統領選に出馬、ジョージ・ルーカスらに、頭が弱いなどと馬鹿にされながらも、僅差で勝利を勝ち取り、21世紀最初の大統領に就任しました。ジョージWブッシュにとって、転換期になったのは、2001年9月11日の同時多発テロ。ブッシュは、すぐさま「テロへの戦い」を行う決意を宣言し、アメリカ史上最高の支持率90%をマークししました。

 9.11。そのとき、大学院生だった私は、教授とスナックか何かで飲んでいたと思います。ママさんが「なんか大変なことがおこってるらしいよ。」なんていっているのを聞きながら、アメリカの大恐慌の時代について、教授と熱く語っていました。

 

「大恐慌の教訓からすれば、アメリカは景気が悪くなると戦争を起こすかもしれない。」

 この頃の私は、かなりとんがっていたから、そういう風に危惧していました。

 終電がなくなった教授が私の部屋に泊まり、

その次の朝、教授が、ニュースを見て、

「秋月君、アメリカでたくさん飛行機が落ちたらしいよ」

ニュースでは、国際貿易センタービルに突き刺さる飛行機の画像が映されていました。

「テロらしいよ」と教授。

「戦争になりますかね?」と私。

自作自演ではないと思いますが、9.11がジョージWブッシュにとって、ITバブル崩壊の不景気打開にむけた格好の突破口になったことは間違いないでしょう。

 ちなみに、「9.11はアメリカの自作自演だ」と公言してしまった、中学校か小学校の教諭が懲罰を受けていましたね。教師たるもの、口には気をつけなければなりません。怖い世の中なんです。

 

 さて、話はかえります。ブッシュはその年の10月7日には、多発テロの首謀とされるアフガニスタンタリバンを壊滅させるべく、戦争を開始。案の定戦争が始まってしまいました。しかし、タリバンアメリカが考えていたよりも簡単に。その年の12月には壊滅してしまいます。

 振り上げたこぶしの行き先がなくなったブッシュは、「悪の枢軸」発言によって、イラク北朝鮮を槍玉に上げ、軍事作戦を続けていくことになりました。2003年には、イラク大量破壊兵器を所持しているとでっち上げた情報を鵜呑みにし、イラクに開戦。12月にはイラク大統領、サダム・フセインを逮捕しました。しかしながら、大量破壊兵器は見つからず、国民の支持率は低下していくことになります。

 2004年の大統領選では辛くも再選を勝ち取るものの、その後の支持率は低下。最終的には19%にまで下がっていたといいます。ブッシュは、イラク戦争のでっち上げだけでなく、サブプライム・ローンの対応を怠っていたがゆえに、アメリカ発の大恐慌を引き起こしてしまったということでも叩かれています。どこまでが、彼のせいかはわかりませんが。こうした結果、ブッシュ政権の歴史的位置付けは厳しいものになると思われます。

 

 今となっては、あまり思い出す人もいないと思いますが、2005年12月30日に、サダム・フセインが処刑されたことは忘れてはいけないと思います。戦争に勝った国が負けた国を裁き、その元首を処刑したのです。東京裁判で東条英機が処刑されたように。第二次世界大戦後、ずいぶん社会は進歩したといわれました。しかし、結局のところ、70年前と何も変わっていなかったわけです。

 ジョージブッシュの時代は終わりました。

次にくる時代が、本当に明るいものになるために、私たちは何をしたらいいのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

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イデオロギーがあってはまずいのか?

2009/01/19 17:12

 

 今回の派遣村の件で、派遣村にいたのは誰なのか。が問われています。とりあえず、論調からすれば、いてはまずかった人たちがいたようです。一つは、派遣以外の浮浪者(=就業意欲のないもの)。一つは左翼運動家です。

 まず、一つ目の浮浪者ですが、派遣村はクビを切られた元派遣労働者のものだから、もともと就業意欲のない浮浪者がそこで養われるのはあってはならないということでしょうか。浮浪者になる事情はいろいろあるでしょうが、その契機は、今「立派な就業者」である人々とかけ離れたものではないでしょう。日本の社会は一度ドロップアウトした者を救うすべを持ちません。それどころか、そのような敗者を見下すことで、現状への不満をガス抜きしているような風潮もあります。

 今は順風満帆な人間でも、明日は会社が倒産したり、不正に巻き込まれたりして、浮浪者になってしまうかもしれない。その結果、心をくじかれ、就業意欲をなくしてしまうかもしれない。そして、世の人は、あなたを就業意欲のない人間だとののしるかもしれない。あるいは、あなたの子どもが、ネットゲー漬けになって、学校へも行かず、就職もせず、NEETになって、あなたが死んだ後に、家を追い出されて、浮浪者になっているかもしれないのです。

 

 二つ目、今回派遣村にイデオロギーがあったことも議論されています。社民党や共産党とかかわりのある人や組織が加担して、ここぞとばかりに、扇動を行っていたとするものです。言論の自由はここまであからさまに批判されるものでしょうか。社会の底辺にいる人たちを組織化して、少しでも浮浪者の危険に陥ることのないような社会を作っていくことが、そこまで危ないことなのでしょうか。

 彼らがやらなければ、一体誰がそれをするのでしょう。国が救ってくれますか?派遣村にいた人たち、それだけではなく、辛うじて解雇を免れた非正規労働者の人たちの老後がどうなるか、国が考えてくれていますか?

 1930年代の大恐慌期に、アメリカでは失業者大行進が行われ、社会に波紋を投げかけました。そのときも、共産党が絡んでいたがために、結局は「赤の扇動だ」「共産主義革命」だと、騒がれたそうです。結果が今のアメリカだと、安直なことは言いませんが、人間というのはいつまでたっても進歩しないものだと、悲しくもあり、可笑しくもありますね。

 

 派遣村に来なくてはならなかった人を作り出した社会。成功者ばかりに眼を向け、敗者を冷遇してきた社会。

 

 「がんばっている。でも、間違っているかもしれない。」

 

 そう問い直す余裕が今の日本人にはあるでしょうか。

それが今回の派遣村論議に見られるような気がします。

 

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書留速達で送ってください

2009/01/15 15:04

 

 私大入試の願書はネットでもOKだそうです。よく考えてみれば、ネットでも問題ないんですよね。お金もかからないし、これが一番簡単です。ただ、私大側は迅速で確実な受け取りのメールの返信をするべきでしょう。

 

 私が大学入試の頃、それこそ、15年ほど前の話ですが、高校の教師に、「書留速達で送ること。写真はインスタントは絶対だめ。願書在中と赤字で書くこと」などといわれたものです。今もそのように言われているのでしょうか。

 

 飛行機のチケットが電子チケットになったときも、そういえば、なんだか不安な気持ちになりましたっけ?今ではもうすっかりおなじみですが。入試願書の提出もいずれネットが主流になることでしょう。

 

 

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派遣が悪いのか?

2009/01/15 10:29

 

 未曾有の恐慌期に入り、派遣社員の契約打ち切りや、契約更新拒否などが目立つようになり、派遣という働き方が疑問視されるようになってきました。

 派遣労働の規制緩和の結果が現在の結果であることは、間違いないでしょうが、派遣労働という形態は必要悪であり、経済発展の中で避けては通れない道であると考えられます。

 まず、労働力というものから考えていきます。労働力とは、労働者の売ることができる商品であると考えます。この商品は、売り手である労働者から引き離すことができず、また、保存ができないという特徴を持ちます。

 普通の商品とことなり、労働力商品は保存することができません。不景気で需要がなくなったからといって、倉庫に入れて冷凍保存できるものではないのです。労働者自体を冷凍保存するならいいかもしれませんが、それは現実的ではありませんよね。

 

 さて、話は派遣労働に帰ります。派遣会社はさも悪の根源のように言われていますね。労働者の働いた給料の一部をせしめるような組織だと。しかし、それを言い出すならば、銀行も商社も悪ということになります。銀行も商社もそれ自身価値を作り出してはいないからです。しかしながら、彼らが存在することで経済活動が潤滑になり、結果として、価値を生み出す産業の効率が上がるという貢献をするわけです。つまり、お金の借り手と貸し手の情報や条件のギャップ、商社では、商品の売り手と買い手のギャップを埋めることで、社会的な生産の上昇に貢献するわけです。

 派遣会社も同じような役割を持ちます。派遣会社は労働力という商品の売り手と買い手の情報と条件のギャップを埋めるために存在しているといえます。労働者がより自分にあった仕事を探しやすくなり、企業もより自分の求める労働者を広い範囲から探すことができるわけです。派遣会社は結果として社会的生産の効率を上げる役割を果たします。そのため、経済発展段階の中で必要な存在であるといえるのです。

 しかしながら、先に述べたように、労働力という商品には特殊な条件があります。労働力は買われ続けなければ、労働者自身の生命にかかわります。まして、派遣労働の大半は正規社員に比べて低い給料で働いているのだから、買い手がいなくなれば、とたんに命にかかわってくるわけです。労働力は買い手がいなくなったからといって、倉庫に保存されておくわけには行かないわけです。

 派遣会社の存在は資本主義の経済発展段階上、必ず生まれるものであるから、これを否定したり、制限しても仕方がありません。しかし、労働力商品の特徴というものをしっかりと認識する必要があると思うのです。まず、労働力の買い手は、派遣先なのか、派遣会社なのか、明確にしておくべきでしょう。通常の労働力の買い手である一般企業は、その維持のために多くの手段を講じる必要があります。派遣会社にも、同じように労働力商品の維持のための手段を義務化する必要があります。

 たとえば、ある会社が派遣切りを行った。とする場合、その責任は、派遣先にあるのか、それとも派遣会社にあるんでしょうか。商品の売り手、買い手という議論からすれば、労働力商品を売るのは派遣会社であるから、当然派遣会社が責任を負うべきなのです。商品を売る方には常にそれなりの責任が生じます。商品の買い手が、売り手の商品の責任を持つなどという考えは本末転倒です。派遣会社は労働力商品を商品として扱う以上、当然果たすべき責任があると考えるべきでしょう。

 

 派遣法を再改正するという議論があります。製造業への派遣を制限すべきという考えの方もいます。しかしながら、経済発展段階にそって、私たちの社会が発展する過程で、派遣会社は必ず出現するものなのです。流れに逆らった規制は、やがて形骸化するし、産業発展の足かせにもなります。問題は、派遣会社が労働力商品を扱う際の責任を果たさないところにあるのです。派遣会社が派遣先の定まらない労働者に対して、維持のための給料を支払うなどの法的拘束が必要であることを周知徹底させるために、今回の恐慌を教訓としていくべきではないでしょうか。

 

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大学も怖いですね

2009/01/14 15:25

 

 事件の真相はわかってないようですが、現代の大学のちょっとした恐ろしさを象徴する事件ですね。大学は高校とは異なり、学生を把握することが難しくなってきます。どこで何をしているのかわからない学生もいれば、心の病気になっても誰にもわかってもらえない学生もいる。教師は、学生と接するわずかな時間の中で、学生の状況を把握しなければならないんです。

 学生とのほんのちょっとした誤解が、大きな恨みになることもあります。誤解を解く機会もなく、次に会ったときには、大きな恨みになっていることもあるのです。

 学生のメンタル面でのケアを担当の教師だけでなく、もっと大きな単位で行っていく組織が必要なのではないかと思うのです。

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2009年世界不況に必要なもの。それは、現状認識。

2009/01/14 14:44

 

 100年に一度の世界的大不況といわれていますね。

 10月の頃は、何だ?おおげさなっ!と思っていましたが、最近になって、大規模解雇や派遣村などの状況を見るに、どうやら、大げさでもないのかもしれない。と思ったりもしています。

 100年に一度の恐慌ということになるんですが、よく考えてみると、本格的に資本主義が始まった産業革命以来200年たっていないわけですね。ちなみに先の恐慌は、1920年代の世界大恐慌の時代ってことになりますね。あの恐慌は、第二次世界大戦を引き起こし、その結果、アメリカ一人勝ちの経済を明確化したものだったわけです。

 あの恐慌の時期を解決したものが何であったのか。結局ははっきりしないというのが通説です。恐慌期に世界各国はいろいろなことをしましたね。国際経済ではブロック経済、植民地開拓?侵略?(わが国のね)。国内経済ではアメリカのニューディール政策なんてのがあったわけですが、戦争で、むちゃくちゃ、うやむやになって、一体何が原因で回復したのか、実はよくわかっていないんです。

 ですから、一つ前の100年に一度の歴史的経験は現代の教訓にはちょっとなり辛いわけなんですね。不況になれば赤字国債を出してでも財政投資をして、需要を支えて、景気がよくなったら、税収が回復するから、大丈夫。っていうのが、ニューディール政策だったわけですが、一体何が、景気を回復させるのかは、わかっていないわけです。ですから、財政投資は一時的に景気を下支えさせるとしても、本質的な回復にはならないわけですね。つまり、ニューディール政策、つまり財政政策が一つ前の世界恐慌を回復させたというのは難しいということになります。

 

 さて、話は現代日本の麻生さんの「日本が一番先に景気回復・・・」という発言なんですが、まず、政府がどんなに財政支出をがんばっても、本質的に回復させるのは難しいわけです。ただ、民間を助けて、人々のくらし援助することくらいにはなるでしょうが、それでも、公共事業の性格上、一部の人間を太らせる類の事業になりかねないのも事実です。そもそも、今回の不況はアメリカを発端にしているわけです。ですから、アメリカか、アメリカに変わる消費経済が復活しない限り、回復は難しいでしょう。日本一国で何かをできる時代ではないわけです。ちょっと風呂敷を広げすぎって感じはありますね。まぁ、何もしないよりは、ましなんですが。

 

 ぶっちゃけて、言ってしまえば、一番速く回復する必要なんかもないわけです。今回の恐慌はアメリカ中心の世界経済のシステム的恐慌です。もう、アメリカ経済が一人勝ちすることはありえないでしょう(戦争でも引き起こさない限り)。ですから、新しい世界経済システムが明確にならない限り、経済が本格的に回復することはありえないわけです。さきの100年に一度の恐慌では、回復に20年かかっているわけですから、わずか1年目で、「一番先に・・・」といってみたところで、焼け石に水。転がり落ちる大きな岩を一人で支えようとするようなものです。

 

 まずは、現状認識です。

 景気収縮期という時代を受け入れるべきです。その上で政府のすることは、恐慌の被害を受ける企業や労働者を一人でも多く支えていくことではないでしょうか。むやみにあがいて傷口を広げるよりも。。。

 景気はいずれ回復します。でもそれはいつになるかはわかりません。まだ、景気悪化は底まで至っていないのに、いつ回復できるなどわかりません。そして、景気を回復させるのはおそらく政府ではありません。

 それまで、できるだけ出血を少なくして、来るべき景気回復期に元気に羽ばたける力を蓄えておくべきだと思うのです。

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関連お題

まずは自己紹介

2009/01/14 14:10

 

今日から始めてみることにする。

まずは、自己紹介から。

 

1975年生まれ。 

台湾在住日本人。

教師。

怪しい中国語で経済学を講義中。

 

ペンネームは秋月俊。

 

どうぞよろしく。

 

 

 

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